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札幌高等裁判所 昭和26年(う)541号 判決

控訴人 被告人 嵯峨旻

弁護人 泉功

検察官 佐藤哲雄関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人泉功の控訴趣意は同人提出の控訴趣意書記載の通りであるからこれを引用する。

物価統制令第四十条には法人の代表者又は法人若は人の代理人使用人其の他の従業者が其の法人又は人の業務に関し第三十三条乃至第三十五条第三十七条第一号乃至第三号第三十七条の二又は前条の違反行為を為したるときは行為者を罰するの外其の法人又は人に対し各本条の罰金刑を科すとあつて法人の代表者又は法人若は人の代理人使用人其の他の従業者が其の法人又は人に属する業務に関し物価統制令違反の所為を為したときは法人又は人に右違反行為につき犯意がない場合でも各本条所定の罰金刑を科せられる趣旨であつて若し本人に犯意がある場合は右第四十条によらず刑法第六十条により行為者の共犯として処罰せらるべきものである。しかして法人若は人の代理人が其の代理権限を超えて物価統制令違反となる契約を為した場合は別論とし又法人若は人の使用人其の他の従業者が法人若は人の業務に属せざる物価統制令違反の所為を為した場合には本条の適用のないことは当然であるが其の為した所為が雇主たる法人又は人の業務に関し為されたものであるかぎり仮令其の所為が使用人其の他の従業者の分担する職務の範囲を逸脱したとしても雇主たる法人又は人は本条の適用を免かれないものと解すべきである。これを本件について検討して見ると原判示事実は被告人は釧路市において第二十三東海丸を以て漁業を営む者宮島善一は被告人の使用人にして同船の船長として漁獲に従事する者であるが右宮島善一は法定の除外事由がないのに「被告人の業務に関し」(原判示事実中には上記「 」内の部分の記載はないけれども原判文上及びその挙示の証拠によつて右「 」の部分を認定するに支障がない)昭和二十五年二月六日頃釧路市営市場において伊藤勝雄、森山誠太郎の仲介により栗林文吉に対し、なめた鰈約五百五十九貫を法定の甲地域卸売業者販売価格を計金五万六千四百五十九円超過する代金十万六百二十円で販売したと言うのであつて右の事実は原判決引用の証拠によりこれを認むるに足り原審が右事実につき物価統制令第四十条を適用し被告人に対し罰金刑を以て処断したことは前説示によりその正当であることが明白であり原判決には何等の違法が存しない。論旨は物価統制令第四十条の「法人又は人の業務に関し」とあるを曲解し「行為者の業務に関し」の意味であると主張するものであつて理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべく主文の通り判決する。

(裁判長判事 黒田俊一 判事 鈴木進 判事 東徹)

弁護人泉功の控訴趣意

第一、原審が被告人の使用人である宮島善一の物価統制令違反事件に付き同令第四十条を適用して被告人を処罰した理由は宮島善一は被告人の経営する漁業の為め所有する第二十三東海丸の船長であつて船長として担当する職務並に権限は「航海及び乗組員の生命の安全を保持し漁獲に従事すること、及び漁獲した魚を水揚して被告人又は出荷担当者に引渡すこと」にあることは宮島善一の原審公判の証言によつて認め、且つ右宮島善一のみならず他の一般漁業者(少なくとも釧路地方の業者)の船長の職務権限は宮島善一と同様なることは原審の証人中島未代治の証言によつても明かであつて水揚した魚を売買或は出荷(当時出荷行為は売買の委託である)する職務権限は宮島善一にはないのであるから職務権限の範囲外の行為は業主である被告人の業務に関して為されたものと言い得ないことを認めながら(一)司法警察官岡田幸一作成に係かる嵯峨旻の第一回供述調書中に「二月六日(昭和二十五年)の日も私は風引きの為め自宅で休んでいましたので現場に出ることが出来ず船頭に一任致しまして出漁から出荷迄まかせてありました」との供述(二)証人丸山栄一(被告人の帳場)の証言中「昨年(昭和二十五年)二月頃私は当時兄の許に行つておりましたので宮島さんが取引した二月初旬頃は休んでいた」旨の証言から其の当時被告人が出荷事務迄も宮島善一に委任してあつたのであると認定し更に(三)「一般社会人もかかる場合右宮島善一の本件所為は被告人の業務上の所為であると考え得ると認められ」(四)且つ本件の売買代金は全部帳場丸山栄一に支払済であり又宮島のかかる所為は自己の利益のみを目的として為されたものでない等の事実を挙げて宮島善一の所為は本件の場合例外的にその職務権限の範囲内の行為であるから被告人の責任を免れないと言うものの如くである。

第二、然しながら二月六日(昭和二十五年)被告人が風を引いて自宅で休んで居た為め宮島善一が水揚した魚を受取れなかつたこと且つ被告人の帳場丸山栄一(出荷事務担当者)も水揚した時旅行中で不在であつたことからして宮島善一の魚の闇売行為が「一般社会人もかかる場合右宮島善一の本件所為は被告人の業務上の所為であると考え得る」と言うことは民法第百十条第百十二条の第三者保護の規定と同じ趣意を被告人に帰せんとするものであつて民事責任と刑事責任を混合するものである。(荻野益三郎著価格統制法三六六頁御参照)

被告人が当日魚水揚をする場所に居なかつたとしても宮島善一はいやしくも船長として被告人の指示を受ける万全を尽すべき義務があるのであつて、たまたま被告人がその場に居なかつたことによつて職務権限外のことに代理権が発生すると解釈して被告人に刑事責任を負担させる訳には行くまい。要は被告人が当日宮島善一に出荷事務までも委任したかどうかの事実問題であつて原審は司法警察員岡田幸一作成に係る被告人の第一回供述書中の前記(一)の部分の記載を証拠に採用して出荷行為までも宮島善一に委任したものと認定したのであるけれど右の供述は被告人が只使用人の闇行為が警察に検挙され当日ラジオ放送までされる仕末で殊に被告人の嵯峨家は釧路地方の所謂底曳網漁業家の内でも旧家であり被告人の父嵯峨久は釧路地方漁業先覚者功労者として大正時代に釧路市に銅像を建てられた名誉ある家でもあつたので被告人が警察に出頭した際只ひたすら使用人の所為を謝罪する為めに充分の注意を払わず自己の責任化することさえ知らず警察員の言うがままに供述したものであることは右の供述調書を読めば了解出来るところであつてこれだけの片言隻句をとらえて市場えの出荷行為迄委任したものである認定は出来ない。むしろ右の認定が事実に反することは原審に於ける宮島善一の証言中検察官の「証人が闇売した理由はどうか」との問いに対し「別にどうと言う深い理由はなかつたのでありますが昨年(昭和二十五年)の二月六日夜八時私は第二十三東海丸の漁獲物を市営市場のところに陸揚げして早速帳場の方にその旨連絡したのですがその日に限つて帳場の者が誰も来ませんのでその当時その場に居た森山誠太郎と言う人に売つてくれないかとむりに頼まれたので」言々と述て居る。もし宮島善一がその日出漁から市場に出荷手続の一切を被告人から委任されてあつたのであれば魚の陸揚をしたことを帳場(勿論被告人の自宅を意味する)の方に連絡する必要もないはずだし宮島善一が出漁前より被告人が風を引いて休んでいることを知り且つその故に事前に被告人から一切を委任されてあるならば「その日に限つて帳場の者が誰も来ませんので」といぶかしがる必要はないはずである。即ち被告人又は出荷事務を担当すべき者が宮島善一が陸揚した魚の場所に立会つて受取れなかつたのは偶然の事故からであつてその事故の故に被告人に刑事責任が特別に生ずると言うことは理解出来ぬことである。二月六日被告人の出荷事務を担当する帳場丸山栄一が旅行不在であつたことも偶然のことでそれ故に宮島善一に出荷事務の職務権限が当然発生して被告人に刑事責任が生れると言うことは理解の出来ぬことであつて少なくとも丸山栄一が宮島に自己の職務を委任代行せしめた事実が無い以上、被告人の責任発生の余地は無いものと言わねばならない。丸山栄一が宮島善一より闇代金を受取つたのは爾後の出来事であつて被告人が負担すべき刑事責任犯罪構成要件とは何等の関係のないことである。

第三、物価統制令第四十条の両罰規定の如きは戦時中の統制法規の遺物であるがこの法規を適用して人を処罰する必要はその者が余程の害毒を社会に流し国民亦その処罰を望むが如き場合にこそ適用すべきであつて本件の如き被告人に適用するには事実の認定に無理させず卒直に事実を認識すべきであつて原判決は事実を誤認し従つて法の適用を誤つたものであるから当然破毀せられるべきものと信ずる。

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